画竜点睛
南北朝時代に張僧繇という画家がいた。ある日、張僧繇はあるお寺へ遊びに行き、壁に4匹の竜を描いた。しかし4匹の竜には瞳が描かれていない。絵を見た人たちはみんな不思議に思い、なぜ瞳を描き入れないのかとたずねた。張僧繇は「瞳は竜にとって一番大切な部分で、もし瞳を入れればたちまち飛び去ってしまう」と答えたが、みんな全く信用しない。張僧繇は筆を取って2匹の竜に瞳を描き入れた。するとにわかに雷が鳴って稲妻が走り、2匹の竜は天に飛び去ってしまった。そして壁には瞳の描かれていない2匹の竜だけが残った。
「画竜点睛」という熟語は、話や文章の中でカギとなる所に重要な話を付け加え、内容をさらに生き生きさせ力をもたせることのたとえである。
一鼓作気
春秋時代に斉国が魯国を攻めた時、魯国の国王・魯荘公は策士の曹劌と一緒に戦いの指揮にあたった。斉軍が最初に太鼓を叩くと、魯軍は進撃の準備をしていたが、曹劌はだめだと阻止した。そして斉軍が3回目に太鼓を叩いたあと、曹劌はやっと攻めるように言い、結果は斉軍の大敗だった。
戦いが終わってから魯荘公は勝利の原因について曹劌に尋ねた。「戦いには勇気が必要です。最初に太鼓が叩かれた時は士気が一番高く、2回目には少し落ちていた。そして3回目には士気が全くなくなっていたため、私たちが勝利を収めたのです」
その後「一鼓作気」は、物事を一気に終わらせることを言い表すようになった。
狐假虎威
ある日、虎が狐を捕まえて食べようとした。するとずる賢い狐は虎に抗議してこう言った。「私を食べていいと思っているのか。私は天の皇帝が獣の王としてこの世に遣わせたのだぞ。もし信じられないのならば私についてきて、私を怖がらない動物がいるか確かめればいい」
虎は狐の話に半信半疑だったが、狐の提案に同意し、狐は前を行き、虎はそのすぐ後をぴったりとくっついて行った。森林にいた兎や鹿などの動物たちは、虎が来るのを見ると一目散に逃げた。そして虎は、動物たちが逃げたのは狐を見たからと思い、あえて狐を食べる勇気はなかった。
「狐假虎威」という熟語はこの物語からきたもので、他人の勢力を借りて威張る人のことをいう。
邯鄲学歩
戦国時代、趙国の都である邯鄲の人たちは、力にあふれ優雅な姿勢で歩くことでよく知られていた。そしてほかの地方の人たちは、こうした歩き方をみんなうらやましいと思っていた。
この優雅な歩き方を学ぶために、燕国の少年たちがはるばる邯鄲にやって来た。彼らは邯鄲の人たちの歩き方を細かく観察し、一体どのように歩いているのかを究明しようとしたが、いくらがんばっても身に付けることができない。それどころか、あきらめて帰ろうとした時に、自分たちの元々の歩き方さえ忘れてしまった。そのため少年たちはしかたがなく這って帰って行った。
「邯鄲学歩」という熟語はこの物語からきたもので、他人を盲目的に真似していると、自分の本来の個性を失ってしまう人をいう。
掩 耳 盗 铃
春秋戦国時代、ある泥棒がいた。ある日、彼は一つの大きな鐘を盗もうとした。だが、鐘は大きくて重いため、背負っていくのは無理である。これを砕いたら持っていくのに便利だろうと思った泥棒は、かなづちで鐘を叩いてみた。すると、鐘が大きな音で鳴り響いた。泥棒はびっくりして、誰かに聞かれたら鐘が奪われるのではないかと思い自分の耳を塞いだ。もちろんこんなことをしても無駄で、ほかの人には聞こえる。これは、まさに頭を砂の中に埋めるような愚かな行為である。
黔 驴 技 穷
貴州省には、もともとロバがいなかった。ある日、ほかのところから一頭のロバが連れてこられた。このロバは、山のふもとの木につながれた。一匹の虎がこのロバを見て、自分より強い動物ではないかと思い、林に身を隠してロバの動静を覗きみることにした。ロバが大きな声で一鳴きしたため、虎はとても驚き、自分が食べられてしまうのではないかと思った。しかし時間が経ち、虎はロバはそれほど怖い動物ではないと思うようになり、ロバに近づいて挑発すると、ロバは怒り、虎を蹴った。ロバがこういう攻撃しかできないとわかった虎は、ロバを噛み殺し食べてしまった。
画 蛇 添 足
むかし、大むかし、楚国のある貴族が祖先の祭祀を終えたあと、一壷のお酒を自分の部下たちにふるまった。部下の一人が「わずか一壷のお酒なら、みんなで分け合うには少なすぎるのではないか。みんなで地面に蛇の絵を描くことで一つ勝負をしようではないか。一番早く蛇の絵を描き終えたものにお酒をあげることにしては」の案を持ち出したが、その他の部下たちもこれに大賛成であった。それでみんなが地面に蛇の絵を描き始めた。そのうちの一人がいち早くこの絵を描き終えたが、周りの人たちがまだ一生懸命描いているのを見て、鼻を高くして、「みんな遅いなあ。僕にはこの蛇に足を付け加える余裕さえあるわい」と言いながら、わざわざ蛇に足を付け加えた。すると、絵を描き終えたもう一人は「蛇ってもともと足なんかついていないのに、お前さんは一体何を描いたのか」とあざ笑いながら、彼の手中から酒壷を奪った。
この熟語は物事はほどほどにするべきで、余計なことをするのは禁物ということを物語っているのである。
朝三暮四
昔、楚国に猿を飼っている人がいた。彼は猿が大好きで、飼っている数も多かった。それに猿のこともよく知っており、猿も彼の言うことをよく理解した。
猿たちがお腹いっぱい食べられるように、彼は家の食糧を減らしたが、食糧はますます足りなくなり、猿へのえさを減らすことにした。
猿が納得しないことを心配し、まず猿に次ぎように話した。「朝に栗を3つ、夜には4つやるが、それで足りるか」。猿たちは怒っていやだと言った。少し経って「それでは朝に栗を4つ、夜に栗を3つだったらどうか」と聞くと、猿たちはすぐに納得し、地面を転がりながら喜んだ。
叶公好龙
昔、竜が大好きなことでよく知られていた葉公という人がいた。この人の部屋、服装、ひいては剣の飾りにはすべて竜の図案でいっぱいでした。
葉公のこうした竜に対する熱い思い入れは、とうとう竜王様の耳にも入ることになった。大いに感動した竜王様は、みずから葉公の家を訪ねることにした。竜王様は天空から降り、葉公の家まで飛んでいき、葉公の寝室の窓から中を覗き、しっぽを居間に垂らした。
ところが、竜王様が現れることにともない、黒い雲が垂れ込め、稲妻が光り、雷が鳴り、地面が揺れ、町が壊滅しそうになった。
竜が大好きだった葉公は、本物の竜を目にすると、感激するどころか、かえってたいへん怖くて慄き、さっさと逃げだしてしまった。
葉公が本当に好きだったのは、本物の竜ではなく、竜を描いた文様にすぎなかったのである。